アクティビティのねらい・概要
ねらい
このアクティビティでは、様々な翻訳テクニックを学び、プロの翻訳を分析します。この活動を通して、翻訳のコツを学ぶことができます。
概要
| 目標 |
|
| 学生の日本語力 | 中級後半(B2以上) |
| その他の言語力 |
中級後半(B2)以上の媒介語が必要 |
| 所要時間 | 120分 |
| おすすめクラス | 大学生・成年向けの語学クラスで、考えさせるタスクとして取り入れるのがおすすめ。 |
手順
ロードマップ

1.翻訳テクニックの紹介
- 【教師】「うめぼし味のおにぎりが好きです」を英語(または他の媒介語)に翻訳する際に、どんな選択肢があるかを考えます。

※「I like plum-flavored rice balls.」「I love umeboshi rice balls.」「My favorite onigiri is umeboshi.」など様々な翻訳を出してもらいます。
- 【教師】主な翻訳テクニックとその例について紹介します。
| 翻訳テクニック | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| Exoticism(エキゾチシズム) | 異国風にするために、元の言語の単語をそのまま使う。 | (原文)夏はお祭りに行くのが好きです。 (訳)I like to go to matsuri in the summer. (※あえてmatsuriと訳すことで、異国の雰囲気を伝える) |
| Cultural borrowing(文化借用) | 原文に出てくる言葉を、ほとんどそのままの形で訳文に取り入れる。 | (原文)カラオケを楽しんだ。 (訳)They enjoyed karaoke. (※原文のことばをそのまま使う。エキゾシズムとは違い、必ずしも異国の雰囲気を伝えることが目的ではない) |
| Calque(カルク) | 原文の表現を、その構成要素ごとに直訳しながら訳す。 直訳だが、構造的に意味が通るように作り替える。 | (原文)cold war (訳)冷戦 (原文)牛丼 (訳)beef bowl (※原文の「形」や「発想」をまねながら、新しい表現を作る) |
| Communicative translation(コミュニカティブな翻訳) | 原文の意味を、訳す先の文化や状況に合わせて自然に伝わるように言い換える。 直訳ではなく、「相手に伝わること」を目的とする。 | (原文)It’s raining cats and dogs. (訳)土砂降りだ。 (原文)When in Rome, do as the Romans do. (訳)郷に入っては郷に従え。 |
| Deletion(削除) | 原文にある要素をあえて省く。 読者にとって不要だったり、文化的に理解されにくい部分を削る場合に使う。 | (原文)She drank sake, a Japanese rice wine. (訳)彼女は酒を飲んだ。 (※「a Japanese rice wine」は言わなくても通じるので削除する) |
| Cultural transplantation(文化の置き換え) | 原文にある文化的な要素を、訳す先の文化に合った要素に置き換える。 | (原文)Jack and the Beanstalk (訳)太郎と豆の木 (原文)Thanksgiving dinner (訳)ひなまつりのごちそう |
(Hervey et al. 1995などを参考に作成)
- 【学生】「うめぼし味のおにぎりが好きです」の自分たちの翻訳がどのテクニックに近いかを考えます。
- 【学生】上記以外にどのような翻訳のテクニックがあるかを話し合います。
※そのほかのテクニックとして、「かっこがきで注釈を加える」、「脚注で説明する」、「意味を補うために原文にない情報を入れる」などが考えられます。
2. 課題の翻訳
- 【教師】日本語の文学作品の抜粋を配布し、簡単にストーリーを説明します。
【課題例1】
『ももたろう/ MOMOTARO The Boy Born from a Peach』
(中村 ともこ(日本語)・鈴木 小百合 (訳)ラボ教育センター)

※ももたろうがキジにきびだんごをあげるシーン, p. 14-15
<原文>
どんどん、どんどん、あるいていくと、
むこうからキジがきた。
「ももたろう、ももたろう、どこへいきなさる」
「鬼たいじじゃ」
「なにをもっていなさる」
「日本一のきびだんご」
「ひとつ、くだされ。ついていこう」
「ひとつはどうなん。はんぶんやろう」
キジはきびだんごをもらって、ももたろうについていったそうな。
<プロの翻訳>
And he walked on and on,
a pheasant came towards him.
“Momotaro, Momotaro, where are you off to?”
“I’m going to go and wipe out the Oni.”
“What have you go there?”
“The best millet dumplings in all the land.”
“Give me one and I will follow you.”
“Not one, I’ll give you half.”
The pheasant received half a dumpling and accompanied Momotaro.
※「ももたろう」や「きびだんご」、「鬼」をどう翻訳するかを話し合えます。
【課題例2】コンビニ人間(村田沙耶香(著)・Ginny Tapley Takemori (訳):Wakayabashi (2021), p. 198より引用)

<原文>
コンビニエンスストアは、音で満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声。店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。かごに物を入れる音、パンの袋が握られる音に、店内を歩き回るヒールの音。すべてが混ざり合い、「コンビニの音」になって、 私の鼓膜にずっと触れている。
<プロの翻訳>
A convenience store is a world of sound. From the tinkle of the door chime to the voices of TV celebrities advertising new products over the in-store cable network, to the calls of the store workers, the beeps of the bar code scanner, the rustle of customers picking up items and placing them in baskets, and the clacking of heels walking around the store. It all blends into the convenience store sound that ceaselessly caresses my eardrums.
※「コンビニエンスストア」や「アイドル」、繰り返される「音」の表現をどう翻訳するか話し合えます。
- 【学生】課題を翻訳します。自分たちの翻訳をグループで見せ合います。また、自分がどの翻訳テクニックを使ったか、どうしてそれを選んだかを説明します。
3. プロの翻訳との比較
- 【教師】既に出版されているプロの翻訳を配布します。
- 【学生】自分たちの翻訳と比較しながら、プロの翻訳はどのようなテクニックを使っているかを話し合います。
参考文献
- Davies, M. G. (2004). Multiple voices in the translation classroom: Activities, tasks and projects (Vol. 54). John Benjamins Publishing, p. 91-94.
- Hervey, S., I. Higgins, & L. Haywood. (1995). Thinking Spanish Translation. London & New York: Routledge.
- Wakayabashi, J. (2021). Japanese-English translation: An advanced guide. London: Routledge.

母語を共有しているクラスで導入するのにおすすめです。学生は、プロの翻訳家を目指していなくても、翻訳に興味を持っていたり、実際に翻訳をする機会があると思います。様々な翻訳のテクニックを知ることで、翻訳をするときのコツを学び、自分たちの生活にいかすことができます。以前紹介した「日本特有の文化的要素を訳してみよう」と組み合わせて実施することもできます。